yshkn’s blog

島根に長期出張中の文系卒ITエンジニアの日常

中動態の世界を読んだ

10点中9点。

中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)
 

本書の第一章では「私が何ごとかをなす」という表現について考察されている。

私が歩く。と表現するとき、私は歩こうという意思を持って歩くという行為を行っているように思える。

しかし、そう単純な話ではないと著者は言う。

体には200以上の骨、100以上の関節、400の骨格筋がある。

それらが精密な連係プレーを行うことによって歩くことができる。

私はその一つ一つを意志によって動かしているわけではない

あそことあそこの関節を同時に曲げつつその0.5秒後にあの関節を伸ばしてといったことを私がずっと意識して歩いているわけではない。

どのようにして起こっているのかわからないことに対して自分の意志によってなしているという表現はしっくりこない。

それよりは「私のもとで歩行が実現されている」という表現のほうが実態に即しているのではないか。

私は歩くという表現は能動態に属する。

しかし、先ほど見たように能動とは言い切れなかった。

能動態でないのであれば対する受動態なのか。

私が歩くという表現は私は歩かされているという表現に変えればよいのか。

明らかにおかしい。

ここで私たちは途方に暮れてしまう。

なぜなら私たちは態は能動態と受動態しかないと学んできたからだ。

しかしここでフランスの言語学者、エミール・バンヴェニストの研究が紹介される。

『実は多くの言語では能動態と受動態という区別を知らない。

それどころか、この区別を根底に置いているように思われるインド=ヨーロッパ語族の諸言語においても、かなり後世になってから出現した新しい文法規則である。

かつては能動態とも受動態とも異なる「中動態」という態が存在し、能動態と中動態が対立していた。』と。

思考の根底にある言語の文法規則の非常に大きな分類が、別の可能性があり、実際にかつては異なる分類であったというのは驚くべき事実であり、実に興味深い。

二章以降様々な研究を引用しその詳細へといざなってくれる。

 

中動態とはどういったものなのか。

それはどういう変遷をたどり、そして姿を消したのか。

言語学的内容が詳細に考察されており非常に面白い。

しかしそれだけではなく、本書の根底に流れるテーマは意志とは何か、自由とは何かという問題を考察することにある。

そして自由というものに対して一定の解答も提出されている。

それらができるだけ平易に一から積み上げるように書かれており、単純に読んでいてめちゃくちゃ面白い一冊だった。

言葉が鍛えられる場所を読んだ

10点中8点

言葉が鍛えられる場所

言葉が鍛えられる場所

 

 著者は平川克己さん。

僕は一時期内田樹さんにはまっていて、色々と読み漁っていて内田さんと仲の良い平川さんのことも知っていたが、著書を読むのは初めてだ。
内田さんは政治関係の発信が増えてきてその内容にあまり賛同できず距離を置くようになった。
ただ過去の著書には色々と含蓄のある意見も多いと思う。
政治的内容の少ない著書ならまた読みたい。

 

本書は詩をメインテーマに置いたエッセイ集である。
石原吉郎黒田喜夫鮎川信夫吉本隆明谷川俊太郎、清水哲夫、吉野弘小池昌代ら近現代の詩人の詩を引用しつつ思索した18のエッセイをまとめたものだ。
正直本書についてはあまり解説ができない。
普段詩を読まず、取り上げられている詩人もほぼ全員知らなかったこともあり、あまり吸収できていないからだ。
ただ、安倍政権を批判している箇所がところどころでてきてウッとなりつつも、何度も読み返したいと思う本である。
シベリア抑留者で帰還後も不遇を受けた石原吉郎の絶望から生まれた詩とリービ英雄の詩を知れただけで僕の一回目の通読の価値は十分だと感じる。
詩の歴史の解説書ではないので体系だった知識は手に入らないが、その時々に引っ掛かり見つけ出せるような良いエッセイ集だと思う。

勉強の哲学 来るべきバカのために を読んだ

10点中10点 

勉強の哲学 来たるべきバカのために

勉強の哲学 来たるべきバカのために

 

初の10点満点が出てしまった。
当分出すつもりはなかったのに。
それほど面白く、自分の興味関心にも合致した内容だった。
というか自分が長い間あれこれと考えていたことをよりメタの視点で簡潔に言語化されており、「やられた」という思いが強い。

 

 以下の文章は「勉強の哲学」の解説を主目的としているが、僕自身の考えが多分に含まれており、その境界が見えづらくなってしまっている。

引用を明示している部分以外は本書と多分にずれがあるかもしれないことを断っておきます。

本書の解説として明らかに誤っている部分があればぜひご指摘ください。

続きを読む

思考の起爆剤としてのアイデア大全/パッと見で響かない人ほど読むべき理由

かなり放置してしまった。

 

10点中9点。 

 9冊目。

このブログでも何度か言及した読書猿から書き下ろしの本が出版された。それが本書だ。

 

readingmonkey.blog45.fc2.com

上記記事が元ネタとなっているが、ブログの方は数撃ちゃ何か引っかる、引っかかったらそれをヒントとして、深めるところは自分で調べてくれという感じを受ける。
別に悪い意味ではなく「数撃ちゃ当たる」はものすごく効果的な手法だし、ブログでこれ以上詳細に書くととても読み切れるものではなくなってしまう。
それに対し、本書はまさにアイデア発想法の百科事典。それも実際に活かせるように工夫された百科事典になっている。
ブログからもう少し絞った42の手法を大きく2つに、「0から1へ」と「1から複数へ」に分類し、さらにもう少し細かく11の章へと分類している。
そして各手法について、名称、難易度、開発者、参考文献、用途と用例、レシピ(手順)、サンプル、レビューという構成で3ページから10ページくらいで記述されている。
サンプルには複数の具体例があることも多く、レビューで手法が生まれた背景や他の手法との関連も解説されている。

 

感想
この本は企画職やクリエイター等アイデアを常に求めている人には勿論、ためになると思う。
しかし、本記事のタイトルにも書いたようにそういうのとはあまり関係のない人こそ読むべき本だと感じた。
なんだかんだで企画職やクリエイターの人は本書の手法に似た手法の一つや二つはやっていると思う。もちろんすべての手法を知っていてここまで整理できている人は皆無なはずなので、本書はめちゃくちゃ役に立つと思う。
しかし僕はそういうわけではない。

企画職等でもないし、何かアイデアを絞り出したいみたいな意識はほとんど無かった。
正直元になったブログも敬愛する読書猿の中であまり印象に残っている記事ではなく、本書を出すと知ったときも、本を出すのはうれしいが、別のテーマが良かったと思った。

ところが、ある程度読み進めていくとまず感じるのは、手法の開発者たちはここまでしてアイデアを考えているのか、という熱量だ。どの手法も徹底的に思考する中で生まれている。そういう話が次から次へと出てくるので自分がその立場だったらどう考えるだろうとついつい思考してしまう。そしてそれに引きずられて自分が普段なんとなく気になっていることについても思考が巡っていく。


さらに、紹介されている手法が確かに面白く、レシピ(手順)が簡潔に書かれているので読みながらなんとなくやってみて、また思考させられる。
このようにして僕は読むだけで半強制的に色々と考えさせられた

 

勿論読んだあと、特に気に入った手法を日々実践するというのが実生活で一番効果が出るだろう。

ただ、読むだけで色々と考えさせてくれる本書を定期的に読み返すだけでも十分に効果があるのではと感じた。

 

僕と同じように、イデア本を読んでまでアイデアをひねり出すことに関心がない人や、実際パラパラと読んでみてあまり自分には必要ないなと感じた人にこそ読んでほしい

普段そこまで突き詰めて思考していない人のほうが、本書でむりやり思考させられると得られる気づきがあるはずだからだ。

 


本書は読書猿ファン待望の活字本ということと内容の良さで相当売れ筋がいいようで、早くも2冊目の話が見えてきている感じがする。


この記事の途中でも書かれているが、本書は絶対に求めている人がいるのになんでこういう本がほとんどないんだという思いから書かれている。
とてもいいことだと思う。
ただ、読書猿ファンとしてやはり一番読みたいのは、「知的トレーニングの技術(読書猿ver)」だ。
タイトルはさておき、類書にも良書が五万とあるが、それでもくるぶしさんが書く直球ストレートな学習本をいつか読めることを期待する。

 

読書は何冊かしているのだが、忙しいこともあってブログに書けていない。
読んだ本を思い出すための備忘録なので読んだらすぐ書きたいのだが、とにかく筆が進まず時間と気合が必要になっている。
何とか自分の中のハードルを下げる手立てを見つけたい。

本当は読んだ順に書いていきたのだが、この本だけは早いうちに書いておきたいということで書いた。

 

採点についてはリンクの記事に書いてあります。

知的トレーニングの技術を読んだ

10点中6点

知的トレーニングの技術〔完全独習版〕 (ちくま学芸文庫)

知的トレーニングの技術〔完全独習版〕 (ちくま学芸文庫)

 

8冊目。 

去年の最後の記事で予告した本書を読み終えた。

普段文庫は軽い小説ぐらいしか読まないから結構疲れた。

読書猿はこの一冊から始まったで「ほとんどそのまま記事にしたことも多い」とまで書かれてあるからには絶対に読みたいと思っていた本だ。

 

読書猿のすべての記事に目を通せてるわけではないので確かなことは言えないが、正直そこまでそっくりな箇所は目につかなかった。

おそらくくるぶしさんの思考の根幹となっているので色んな記事がそこから生まれたという感覚があるのだろう。

 

僕はそこまでのものは思いつかないが、石原千秋永井均の影響は大きい気がする。

 

内容はかなり時代を感じた。それもそのはず初めに書かれたのは1979年だそうだ。四捨五入すると40年前だ!

 

今となってはなくてはならないPC、スマホの活用法なんて当然なく、科学的根拠が疑わしい話もある。読んでそのまますぐ活かせることは少ないだろう。

だが、読む価値が無いかといったらそんなことはない。

漱石、鴎外、芥川、ニーチェレヴィ=ストロースマルクス等々数え切れない知識人を自由自在に引用し、知的トレーニングのあり方について考察する。著者の知識の広さと深さをどのように身に着けてきたか、それを惜しげなく教えてくれる。そんな一冊だ。

それ自体がさまざまな知識人の入門としても機能する。

僕は外国語学習と記憶術の2つの章で取り上げられていた、南方熊楠に非常に興味が湧いた。今までも何度か名前は聞いたり読んだりしていたのだが、今回改めて奇才として取り上げられているのを読んで、もっと知りたくなった。

このように本書を読み終えても、数々の引用から興味の惹かれた学問や知識人へどんどん潜っていける。数多く取り上げられているからこそ多くの人に何かしら引っかかるところがあるのだと思う。

 

とはいえ先程も書いたがやはり古さは否めない。エコロジーについて観念的な話を長々と書かれていたりとピンとこないところは多数ある。今回(2015年)の文庫にあたってコラムを増補とあるが、1ページのコラムが5つ追加されているのとあとがきのみなのでほとんどアップデートはない。完全改訂版が待たれる。それこそ読書猿が本を出版するようだが、次作はこれだったりしたら飛び上がって喜ぶのだが。

近年本書のような本は殆どない気がする。ビジネス系の頭の鍛え方みたいな本はそれこそ五万とでてるし、脳科学認知科学など科学よりの本も結構あるとは思うのだが、文学や社会学に詳しい人の引用満載の「知的トレーニング」みたいな直球の本は記憶にない。ビジネス系と一緒にされたくないからそういう本を書くのを敬遠してる学者さんが多いのかな。読んだことないけど佐藤優とかそんな感じなのかしら。あとライフネット生命の人とかか。そのあたりもとりあえずいくつか読んでみたいとは思っているのだが、いつ積読が片付くのやら・・・

やはり巨人の肩に乗るのはものすごく有効であるので、上手い乗り方を教えてくれる本は価値があると思うなぁ。

文学者や社会学者のみなさん!「どや!これが俺の最強の学び方だ!」みたいな本を書いてください!

 

採点についてはリンクの記事に書いてあります。

本のレビューには採点をつけるようにした

本のレビューには10点満点で採点をつけるようにした。

何様だ、という感じだが、やはりわかりやすい。

読者のためでもあるが、自分の整理のためというのが大きい。

自分で振り返るとき毎回全部振り返るより重み付けしたほうが効率がいい気がしたからだ。

 

書くまでもないことだが一応書いておくと、あくまで自分の完全な主観に基づく点数であり、本の価値を権威づけたり、下げたりするようなものでは決してない。

 

イメージ的には1点~10点で平均が5.5点で、平均点だと一般的に読んで色々学んだとか考えさせられたといった本となり、6点越えはすでに自分の中での良書となる。

 4点、5点でも十分学びはあったというイメージだ。

 

一応下記にまとめておく。

 

10点

勉強の哲学 来るべきバカのために を読んだ

9点

スティーブ・ジョブズ脅威のプレゼンを読んだ

思考の起爆剤としてのアイデア大全/パッと見で響かない人ほど読むべき理由

中動態の世界を読んだ

「カフェパウゼで法学を」と学生時代を振り返って思うこと

8点

プルーストとイカを読んだ

言葉が鍛えられる場所を読んだ

論理ガールを読んだ

エンジニアの知的生産術を読んだ

Think clearlyを読んだ

トークバック 1 を読んだ

7点

学びとは何かを読んだ

子供の難問を読んだ

6点

ずるい日本語を読んだ

知的トレーニングの技術を読んだ

5点

根っからの文系のためのシンプル数学発想術を読んだ

2点

口下手な人は知らない話し方の極意を読んだ

口下手な人は知らない話し方の極意を読んだ

10点中2点。

7冊目。 

 

まさに自分のための本だとタイトルを見て思ったこととAmazonのレビューの平均点が高かったので購入。
はっきり言って外れだった。
やはり絶対数が少ないとレビューはあてにならないのだろう。
ちなみに参考にしたときは4件だった。

トンデモなことばかりだとか精神論ばかりといった本当に駄目な本というわけではない。
しかし、本当に口下手な人がこの本を読んでもあまり活かせることはないのではと感じた。
僕がこの本にタイトルを付けるなら、「落語と認知科学から学ぶ話しやすい空間の作り方」とでもなると思う。

初めの話は、どのようにして観客の反応を感じ取るか、そしてどのように観客に見せるとよいかを落語家を参考に研究する内容になっている。

おそらく、著者の問題意識として「一般の人の話でその2つをちゃんとできているのが少なく、そこをどうにかすれば劇的に良くなるのに」というのがあるのだと想像する。しかし、本当に口下手な人は明らかに観客に響いてないのが自分でわかるレベルだし、見せ方どうこうの前にやることが山積みだろう。
さらに、初歩的な内容から徐々に発展的な内容へという構成にもあまりなっていない。
これは著者が研究者だからだと想像する。その章のテーマと関係があるが、あまり本論とは関係がなくウンチクのような心理実験の話が章のど真ん中にあったりする。ある程度網羅的な構成になっており、段階的に学んでいくようにはなっていない。その網羅的というのもあくまである程度で、しっかり網羅されているわけでもないが。


その後発表等で話す中身の話へとテーマが移るが、いまいち私達の日々の会話や発表で効果的に活かせるような知識が見つけられない。抽象的すぎたり、やけに著者の具体的すぎる話だったりとしっかり自分で噛み砕いて活かせるところを探し出さないとほとんど使えないように感じた。

 

個々の認知科学の実験での発見の話は「へぇ~」と感心するものも少なくなかった。正直編集者がもっとちゃんとやっていればもう少し面白い本になったのではと思ってしまう。

 

スピーチが結構得意だが科学的な観点含めてもう少し理論的に学びたいという人や、会話に関する認知科学のトピックを学びたいと言う人には面白いかもしれない。

 

認知科学ということで前回取り上げた「学びとは何か」と重なっている内容があったことも僕に響かなかった原因の一つではあるだろう。

 

採点についてはリンクの記事に書いてあります。